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~兎の201号室~ 【カニのしゃぶしゃぶ】

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「最近いいことないかなあ」 なんて言っちゃう大人になんてなりたくないと思っていたけど、気が付けば口癖のように呟きカニのしゃぶしゃぶを食べる自分を妄想しながら空の薬箱に100円玉貯金をする22歳になっていた カニのしゃぶしゃぶが食べたい気持ちをグッと堪えてピーっと鳴った炊飯器を開けた時、炊きたてのご飯の香りと真っ白い湯気がフワッと漂う 一回限りのこの瞬間がなんだかとても好きでホカホカのご飯と納豆があれば幸せを感じられる22歳になれていたことによかったなあと思った 炊きたてのご飯の匂いとか、季節の変わり目の匂いには、いつかの記憶が付き物かのように唐突に懐かしさが込み上げてくる。キッチンに立つ母が指を切らないように隣で見守っていた時の事や、祖母に、こういう時は「ごめんね」って言うんだよ。と初めてごめんねという言葉を教えてもらった時の事、そんな些細な記憶が断片的に降ってきて、大好きだったおばあちゃんの顔が頭に思い浮かんだ。 (たらを、22歳は感性が既に老人だ) そんな私のおばあちゃんは、どうしたらこんなに真っ直ぐで純粋なおばあちゃんになれるんだろうと子供ながらにも疑問になるくらい、曲がったことが大嫌いで優しすぎるくらい優しいおばあちゃん。裁縫が趣味のおばあちゃんは自分の事をファッションデザイナーと呼んでいて、ただの布切れに可愛い刺繍を施してあっという間にお洒落な絨毯や服を作ってしまう。 まるで魔法だったその光景に、将来は絶対におばあちゃんみたいなファッションデザイナーになるんだと夢を抱いて東京の服飾専門学校に進学したことを思い出して、おばあちゃんがとても恋しくなった。上京してから十年ぶりに会えたおばあちゃんは施設に入っていて、もう孫の顔は覚えていなかったけど相変わらずの優しい笑顔だった。どうして白米の匂いだけでこんなにエモーショナルな気持ちになってしまったのかは、冬のせいにしておこう。 私はファッションデザイナーにはならなかったけど、将来はおばあちゃんみたいな優しくて笑うと目の横のしわがくしゃっとなるおばあちゃんになりたいし、強くて優しいお母さんにもなりたい。なりたいものが沢山あるから、とりあえずカニのしゃぶしゃぶを心ゆくまで食べられる大人になろうと決心して今日は奮発だ~~と言いながら薬箱に3百円投入した。

~兎の201号室~ 【カニのしゃぶしゃぶ】


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